三代目徒然なるままボヤッキーニッキー

行ってから観る
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    今年G.W.に何度目だ?の映画『赤毛のアン』が公開されたんですが、観る機会がないままP.E.I巡礼の旅に出てしまいまして。
    そしたら観てからツアーに参加した人が皆、「観る価値ない」「昔の映画のほうがずっといい」「マシューがしゃべりすぎる!」と文句垂れまくりだったので、すっかり観に行く気が失せ、そのまま上映終了。
    …と思いきや!ここへきて横浜ニューテアトルという単館上映の映画館で上映が決まり、とにかく『赤毛のアン』で卒論書いた身としてはいかに駄作であろうと観るべきではなかろうかと思い、レディースデイ狙いで行ってきました。
    てか、ニューテアトルってレディースデイ、¥1,000で観られるってみなさん、ご存知でした?\(^o^)/
    シネマベティ&ジャックですら¥1,100なのに…。


    結論から言いましょう。

    これは『赤毛のアン』ではない!

    アラン牧師夫妻&ミス・ステイシー不在で、ギルバートとケンカしたまま、クイーン学院へも行かず、マシューが死なないで終わる『赤毛のアン』なんて、『赤毛のアン』と言えると思って?!
    とにかく、キャスティングがどうのとかいう問題ではなく、これを『赤毛のアン』というパッケージで売る姿勢がいかんともしがたいのです。たとえ、製作者がモンゴメリの孫であったとしてもだ!
    ネタバレ覚悟で言えば、アンが手違いでグリーン・ゲイブルスへやってくる経緯はいいんだけど、スペンサーの奥さんに直談判して、ブリュエット夫人に引き取られそうになるところを、マリラがやっぱウチで引き取るわって流れを全カット(おお、神よ!)。
    アンを送り返す問題を一年かけて引っ張って、その間に原作で彼女がやらかす様々なエピソードを時系列無視でちりばめて、一年後にシャーロットタウンで引き取り手が見つかったからお別れね→いや、あんた、うちの子におなりでThe End…。

    わたし、てっきりこの後まだまだ続くんだと思ってたから、ここでエンドロールが来たとき、腰抜かしそうになりましたわ…。
    まぁ、確かに今度の主役はクイーン学院の女学生を演じるにはちょっと、いやだいぶ幼いなと思ってたけどさぁ…。
    アンがグリーン・ゲイブルスに引き取られるまでのドキドキを味わうなら、この映画観ないで、名劇『赤毛のアン』を神編集した『グリーン・ゲーブルスへの道』をご覧になるといい。原作に忠実に、余計な脚色なしに感動作になってます。
    1985年のミーガン・フォローズ主演、ケヴィン・サリヴァン監督の映画『赤毛のアン』も細かいところで「なんでそうするかなぁ」っていうツッコミはあったんですが、もう今回の映画に比べたら比類なき神作です。

    やはり古典的名作を映像化するなら、途中はどうあれ、着地点は原作と合わせてきてほしいもの。『赤毛のアン』は成長物語なんだからさぁ、基本、アンが大人になってくれないと困るのよ。
    尺とか予算とかの問題で端折らなければならないんだったら、「ビフォー『赤毛のアン』」にして、グリーン・ゲイブルスに来る前から始めるとかすればよかったのに。

    ま、P.E.Iの美しい四季や、開拓農家二世の質実剛健な暮らしぶりなんかをじっくり見るにはいい映画でした。もう赤い土と青い海が出てきただけで、5月を思い出す。

    しかし、わたしがモンゴメリだったら怨霊になって、孫のもとに現れるんだけどなぁ…。
    | −外国映画 | 18:05 | comments(0) | - | ↑PAGE TOP
    Air Canada鑑賞会(2)
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      “Kiss and Cry”ってタイトルだけで、「あ!これ絶対フィギュアスケートに関係ある映画だ」って思ってしまう程度には、それなりの知識がある昔取った杵柄です、こんばんは。
      帰りの便では、カナダ映画“Kiss and Cry”(2017)を観ました(もちろんノー字幕ノー吹き替えの全編英語)。

      『俺たちフィギュアスケーター』とまでは行かずとも、明るい爽やかスポーツドラマかと思ったら、あんまりフィギュアは関係なくて、闘病モノのシリアス青春ドラマでした。
      カナダのフィギュアスケート選手、Carley Allisonが19歳という若さで気管癌の為亡くなった実話を基にした映画で、主役のCarleyを彼女の友人でもあったカナダの女優、Sarah Fisherが演じてます。
      実年齢24歳の割にはティーンの役に違和感ない、ちょいタレ目でキュートな顔立ちが、日本でウケそうな女優さん。笑顔も可愛い。
      映画の中ではところどころで彼女がカメラ目線で心情を語り、まるでドキュメンタリーのような演出になってます。
      ちなみにスケートのコーチ(Shin)役を日系(?)のDenis Akiyamaという方が演じてましたが、ちょっと調べたら本物のCarleyのコーチも日本人で、長野五輪にペアで出場した天野真さんだったらしい。

      英語で観たのできちんと把握できてるか謎ですが、大体のところはこんな感じ↓
      Careyは三人姉妹の真ん中で育ち、18歳の誕生日を前に、フィギュアスケートの練習に励む毎日。
      バースデイパーティで出会ったJohnと恋仲になり、ボストンのバークリー音楽院への進学も決まり、青春を謳歌しているが、最近息切れが激しく、スケートの練習中に気を失ってしまう。
      更に、Johnとのデート中に呼吸困難になり、そのまま病院に運ばれ、喉に腫瘍ができていることが判明する。
      抗がん剤の副作用で髪が抜けたCarleyを励ますため、友人たちは髪をカットする。
      プロムにはかつらを付けて出席するが、将来に不安を覚え、Johnと別れてしまう。
      不安を鎮めてくれるのは音楽であった。彼女がYouTubeにアップした自作の弾き語りは世界中に拡散され、ついにはアイスホッケーの開会式で国歌斉唱をすることになった。
      家族の温かいサポートもあり、完治。Johnとも復縁し、再スケートの練習に向かうようになる。
      明るい未来が彼女の前に広がったその時、腫瘍が再発していることが分かり、再び闘病生活に。しかし、彼女はポジティブさを失わず、明るく生き、19歳でその生を閉じた…。


      どんな人でも志半ばでこの世を去る過程を見るのは辛いけど、殊にCarleyのように才能と未来のある人が不治の病に侵され、若くして逝ってしまうというのは、なんともやるせないですね…。
      病を得る前に誂えたプロム用のドレスのサイズが合わなくなるほど痩せて、しかも喉には切開の傷跡が…。それをカバーするために、首元からレースで覆うようにミシンで作り変えるシーンが何故だか印象に残ってます。
      前知識なしで観てたから、「完治して、フィギュアの大会に出場して、良い演技をしてエンディング」みたいな映画だと思ってただけに、ショックは大きい。
      ラストシーンは雪道をゆっくりJohnと散歩する抒情的なシーンで、彼女の最期は描かれずに終わるんだけど、そこは救いかな。最期まで前向きだったというCarleyらしいし、観客が感情過多になるのを避けられたし。
      フィギュアに限らず、人生は「キス&クライ」(喜びと悲しみ)に満ちている。

      Carleyのブログ
      | −外国映画 | 23:15 | comments(0) | - | ↑PAGE TOP
      Air Canada鑑賞会(1)
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        羽田-トロント間のクソ長いフライトで楽しみにしてた機内上映ですが、わたしの興味をひく映画はあんまりなかったです(『わたしは、ダニエル・ブレイク』なんて当分ええわ…)。
        ちなみにAir Canadaの機内スクリーン、リモコンじゃなくてタッチパネルになってたよ!操作が簡単になったけど、腕のばすのがつらいよ!(笑)

        あきらめきれずに物色してたら、こんなの発見↓


        Sing”ってタイトルだけで、「あ!これ絶対ミュージカルに関係ある映画だ」って思ってしまう程度には、それなりの鑑賞歴を誇ってます。
        つーか、とっくに公開してたんですね!


        字幕版がないからしょーがなく吹き替えで鑑賞。
        これはこれで面白かったけど、日本語歌唱部分が訳詞不可能で時々オリジナルになるくらいなら、いっそ通しでオリジナルを!とも思った。
        Wikipediaより、あらすじ(長いよ!)
        6歳の頃に舞台に魅せられ、劇場主となったコアラのバスター・ムーン。しかし劇場の運営は振るわず、前の公演の関係者への賃金の支払いも滞り、銀行からも返済を迫る連絡が繰り返し入る。そんな中、バスターは新たな劇場の目玉として、賞金1000ドルで歌のオーディションを行うことにする。ところが、劇場事務員のミス・クローリー(イグアナ)の手違いにより、賞金「10万ドル」と記載されたポスターがムーンのチェックを経ずに街中へばらまかれてしまう。

        翌日、街中から大勢の動物が集まる。オーディションを通過し、最終的にステージに上がることとなったのは主婦のロジータ(ブタ)、窃盗団のボスビッグ・ダディの息子ジョニー(ゴリラ)、ストリートミュージシャンのマイク(ネズミ)、彼氏のランスとバンド活動をしているパンクロッカーのアッシュ(ヤマアラシ)であった。しかし、本番の曲目や衣装は全てムーンの独断で決められ、各々戸惑いを見せる。その最中、バスターは賞金が誤って10万ドルと記載されていたことを知り、自力では用意できない大金を工面すべく、大金持ちの息子で友人のエディ(ヒツジ)と共にエディの祖母を訪ねる。エディの祖母は、バスターが劇場主を志すきっかけとなった大物舞台女優ナナだった。バスターは何とかナナをリハーサルを見に劇場へ来る約束を取り付けることに成功する。

        一方、アッシュはランスの浮気現場に遭遇し、別れを告げるも落ち込む。ロジータはペアに充てられたブタのダンサーグンターと相性が合わない上、練習と家事との両立にも悩む。ジョニーは練習に参加したいあまりビッグ・ダディの窃盗計画を台無しにしてしまい、結果ビッグ・ダディは収監され、絶縁を宣言される。マイクは自分が賞金を得ると信じて疑わず、10万ドルをダシに銀行からもらったカードを使ってカジノで遊びほうけていた。しかしイカサマがばれ、クマのゴロツキに追われる身となってしまう。恥ずかしがり屋なゾウの少女ミーナは、自身の性格が災いしてオーディションに合格できず、再審査を求めてバスターを訪ねるが、結局任されたのは機器を操作する舞台係であった。

        バスターはエディ、ミーナと共に舞台の床とホリゾントを巨大水槽にするという大改装を行い、そこに雇ったホタルイカを踊らせるという演出を施す。やがてリハーサル当日を迎え、エディと共にロイヤルシートに招かれたナナはその新たな演出に引き付けられる。だがマイクの出番になったところで、彼を追っていたクマたちがステージへ乱入、バスターたちが止めに入るも賞金が入っているとされる宝箱が開けられてしまい、10万ドルが準備されていなかったことが皆の前で露呈されてしまう。さらに重量オーバーで床の水槽に亀裂が走り、やがてものすごい勢いで水が流れ出し、やがて劇場は濁流に呑まれ水没、完全に崩壊する。幸い死傷者は出なかったもの、劇場が建っていた土地は銀行に差し押さえられてしまった。

        劇場も自宅も失ったバスターは意気消沈し、エディの部屋に引きこもる。皆がそんなバスターを心配して声をかけるが、楽天家だったバスターもさすがに落ち込み皆を傷付けてしまう。その後バスターはミス・クローリーと共に父と同じ職業であった洗車屋を始め、エディも手伝ってくれる。そんなある日、耳に素晴らしい歌声が届いたバスターは洗車の手を止めて歌の聞こえる劇場跡の廃墟へと向かう。そこにはミーナがひとりで立ち、無心で歌っていた。ミーナの歌に心を揺さぶられたバスターは、崩れ落ちた劇場のガレキを撤去し、仮設の野外劇場を作ってそこで改めて公演を行うことを決意する。

        劇場を崩壊させた元支配人の無謀な企画に、テレビのニュース番組が冷やかし半分にカメラを回し生中継を始める。ほぼ出演者の身内や関係者のみでボチボチと埋まった客席の中、トップバッターのグンター&ロジータは息の合ったキレのあるダンスと歌で盛り立てる。最初は馬鹿にしていたニュース放送も、演者のパフォーマンスのクオリティの高さにキャスターも引き込まれ、さらにニュースを見た者たちがどんどんと劇場に集まり、やがて場内は満席となっていく。収監先のテレビでジョニーが歌っているところを見たビッグ・ダディは息子の歌の素晴らしさに絶縁を撤回すべく脱獄してしまう。アッシュの出番では銀行員ジュディスが公演を中止させようと伴奏の電源を切ってしまうものの、アッシュは足を踏みならしビートを取りながらギター1本でオリジナルの歌を熱唱し、大歓声を浴びる。無報酬ということで出演を止める気だったマイクも、街中でテレビ中継に熱中する観衆の様子に「俺が本当のパフォーマンスを見せてやる」と舞台に立つ。トリに抜擢されたのはミーナ。最初は緊張で足を踏み出すことができなかったものの、バスターに「歌って(Sing)」と励まされ決心し、歌い出す。彼女の歌は大喝采を浴び、客席にいたナナも拍手を送った。

        土地はナナが買い取り、劇場は再建された。
        とりあえず、ネズミのマイクをぶん殴ってもいいっすか?パンチ
        自分の持ってるキャラを最大限生かして、要領よく世の中を渡ってるんだけど、その世渡り上手なとこがあんまり笑えなくて…。アニメのキャラクター相手に、このクソネズミにもっと因果応報を!と握りこぶしになったのは初めてかも(笑)。
        ギャングのリーダーの息子で強盗家業を継ぐことを期待されてるのに、本人はまじめで良い子なゴリラとか、
        25人の子持ち主婦がオーディションや練習で留守の間、『ウォレスとグルミット』並みの機械仕掛けで家事をこなしてるのに夫も子供たちも彼女の不在に気付いてないとか、
        リアルに置き換えると結構キツいシーンもあって、大人だからこそ観て楽しめる作品でもある。

        洋楽に疎いわたしでも知ってる(ということは本当に有名)曲がバンバン流れるし、動物たちの造型はリアルだし、セリフにウィットがあるし、正直小ばかにしててスマンカッタ<(_ _)>
        一番感動したのはこれですかね↓

        さすがMISIA!全身総毛だったわ。欲を言えば英語で聴きたかった…。

        | −外国映画 | 23:20 | comments(0) | - | ↑PAGE TOP
        美女と映画
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          ディズニーアニメ→B.W.ミュージカル、と来て、実写映画化された『美女と野獣』をAYO様と観てきました。
          親以外と映画に行くなんてめっちゃ久しぶり。4月にお会いしたとき、「ユアン・マクレガーが出てる」と振ったらおもいっきり食いついてきてびっくりよ(笑)。
          そして、旧相鉄ムービルがあんなに混んでるのも久しぶり。さすがG.W.真っ只中のレディースデイ…。

          ↑今年の正月に海老名のTOHOで撮影






          ↑先月、川崎の109で撮影

          ちなみに赤坂ミュージカル劇場(当時)での四季の公演(1996)、West End公演(1997)、大井町の四季劇場「夏」(2012)と三回観てますので、ミュージカルの曲はばっちり頭に入ってる!
          …と次はこの曲が来る!と流れを予測してたら、この映画、いい曲をばっさばっさとカットしまくり〜。
          おいおい、「わが家」も「愛せぬならば」もないんかい…。
          クレジットでこれでもかとタイトル曲を流すくらいなら、せめてオケだけでもいいから聞かせてほしかった。
          それでは、四季初演ビースト役、石丸幹二氏でお聞きください↓


          ベル役は、美少女から美女へ奇跡の成長を遂げたエマ・ワトソン。ブラウン大出て、歌もイケてるとか天は二物も三物も(以下ry
          アニメの実写化の中でも大成功のキャスティングではなかろうか。
          脇を固める訳者は、ほぼベテラン英国俳優で実にわたし好みの配役です(笑)。
          ベル:エマ・ワトソン(昆夏美)
          野獣:ダン・スティーヴンス(山崎育三郎)
          ガストン:ルーク・エヴァンズ(吉原光夫)
          モーリス:ケヴィン・クライン(村井國夫)
          ル・フウ:ジョシュ・ギャッド(藤井隆)
          ルミエール:ユアン・マクレガー(成河)
          コグスワース:イアン・マッケラン(小倉久寛)
          ポット夫人:エマ・トンプソン(岩崎宏美)
          チップ:ネイサン・マック(池田優斗)
          マダム・ド・ガルドローブ(箪笥):オードラ・マクドナルド(濱田めぐみ)
          マエストロ・カデンツァ(チェンバロ):スタンリー・トゥッチ(松澤重雄)
          プリュメット(はたき):ググ・バサ=ロー(島田歌穂)
          アガット(魔女):ハティ・モラハン(戸田恵子)
          かっこ内は日本語吹き替え版
          ベルとポット夫人は『ハリポタ』のトレローニー教授とハーマイオニーじゃないかw
          わたしは、ミュージカル版のガストンが結構好きなんですが、そこに『ホビット』の渋かっこいいバルドだったルーク・エヴァンズを持ってくるとはすばらしい。つか、こんなかっこいいガストン、初めて見た(笑)。
          ルミエールは、最初から最後までフランス語なまりの英語でしゃべりまくるユアンがなんというかもうほんとに芸達者。ちなみに四季では下村尊則さんが印象深いですね(ああ懐かしい)。
          ちなみに舞台では、当然人間が燭台やら時計やら衣装ダンスやらに扮装してるので、ベルとほぼ同じサイズで歌い踊ります。なので、映画で一番驚いたのが、この家具に姿を変えられた召使たちがリアル家具サイズだということでした。箪笥以外、皆ちっちゃい(笑)
          村の遠景や城の外観はさすが資金が潤沢なディズニー映画。隅々まで凝っていて大画面で見る価値ありです。
          村でフツーに生活してた人たちが、城の召使たちの伴侶だったり、王子をビーストに変えた魔女が村に紛れ込んでたり、ラストまで驚きが隠されてて面白い。
          舞台では確か字も読めないアホの子だったビーストが、知識人だったという設定は、本にまるで興味のないガストンとの対比かな。

          ところでわたしは、王子の姿に戻ったビーストが、ベルが嫌いぬいてた求婚者(ガストンにあたる人物)と同じ顔だったという衝撃のラストだった、ジャン・コクトー版『美女と野獣』が忘れられない。


          〜おまけ〜
          英国のマルチタレントJames Cordenの“The Late Late Show”より↓

          このベル役のおっさんは、『ワン・チャンス』とか『イントゥ・ザ・ウッズ』に出てる実力俳優。


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          | −外国映画 | 22:00 | comments(4) | - | ↑PAGE TOP
          Charity with Respect
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            観たら絶対気分が沈むって分かってはいるものの、どうしても観ずにはいられないケン・ローチ作品。
            第69回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した『わたしは、ダニエル・ブレイク』をシネマ・ジャックで鑑賞して来ました(もちろん¥1,100でw)。


            こんな楽しくも愉快でもなんでもない精神的苦行みたいな映画をわざわざG.W.に観に行くなんて、(自分含めて)皆、ドMかよ…。
            わたしは1時間くらい前に着いて、チケット買ったんだけど既に95番。上映10分前に戻ってみたら…

            ジャック132席が満席ですわ。
            イギリス北東部ニューカッスルで大工として働く59歳のダニエル・ブレイクは、心臓の病を患い医者から仕事を止められる。国の援助を受けようとするが、複雑な制度が立ちふさがり必要な援助を受けることが出来ない。悪戦苦闘するダニエルだったが、シングルマザーのケイティと二人の子供の家族を助けたことから、交流が生まれる。貧しいなかでも、寄り添い合い絆を深めていくダニエルとケイティたち。しかし、厳しい現実が彼らを次第に追いつめていく。

            病気の為、医師に仕事を止められている→給付を受けようとする→「ではまず求職活動をしてください」
            …って、意味分からんわ。
            求職活動(履歴書を書き、職を探す)→経歴と性格を見込まれて面接に来るよう言われる→「ごめん、仕事するなって言われてるんだ」→「じゃ、何で職探ししてるんだよううう!」

            …ほんまそれな。
            いわゆる「お役所仕事」の冷たさと理不尽さをこれでもかと描いてはいるんだけど、役所の人間があからさまに見下す態度を取ってるとか、嫌味を言うとか、そういう場面はない。彼らは彼らで与えられた任務を規則通りにこなしていて、応対も説明も本当に丁寧で真面目なのが、逆に救いがない当たり、どこに怒りを訴えればいいのやら。
            一人、ダニエルに寄り添ってくれる職員がいてホッとするんだけど、同僚に「前例を作らないで」と注意される始末。
            真面目に働いて、税金を納めて生きて来たのに、ちょっとレールから外れたら明日の暮らしに困る生活が待っている。
            非正規雇用者にとっては、よその国お話で済まされない。全くもって他人事じゃない…(もっともわたしはあんまりまじめに働いてないのだけども)。
            このちゃんともらって然るべき人がもらえない給付金のシステムが、ボンビーだから単発仕事でもいいから稼ぎたいのに、「年収500万以上なければ応募資格なし」とかいうクソくだらない派遣業界に重なるんだわ。
            誰のための法律なんだよ!
            わたしなんか「尊厳」も「誇り」もないので、無効スレスレの過去の証明書をかき集めても失業給付金をもらう主義ですけど、生活のためのお金より「国民保険番号ではない。わたしは人間。わたしは、ダニエル・ブレイクだ」とまず人間としての尊厳を求めるダニエルの姿の美しいこと。

            彼と並行する形で、シングルマザー、ケイティの苦闘も描かれるんだけど、これがまた負のスパイラルというか…。
            大学を出る→就職する→結婚する→子供を作る
            という一般的なルートの順番を一つでも飛ばすか、逆走するかした途端、瞬く間にホームレスの仲間入り。
            さすがに子どもはいないけども、まともな就職をしなかった自分と重なる所があって、いたたまれない…。
            彼女が自分の食べるものを減らして子どもに与えるところで、「それあかんやつや」。まず親が食べなければダメなのよ〜。親になんかあったら子どもが困る。
            というわけで、ダニエルに連れられて行ったのが「フードバンク」。ああ、なるほど。道理で映画が始まる前にセカンド・ハーベストのロゴがスクリーンに浮かんだわけだ。
            ここで空腹に耐えかねたケイティが缶詰を開けて貪り食うシーンで、両隣の人もわたしも嗚咽を堪えるのに必死でした。まさに尊厳も何もあったもんじゃない、獣のような姿。空腹はこれほどまでに人を貶めるわけですよ。

            ダニエルが壁に「わたしは、ダニエル・ブレイク」と人間宣言をするところで終わるのかな〜と勝手に思ってたんだけど、ここで終わらせないのがさすがのケン・ローチ。
            医療と福祉のねじれをどうにかしようと弁護士が介入してきて、明るい未来が見えたぞというところで、ダニエルは心臓の発作を起こして死んでしまうのです。おいおいおい、マジかよ…。
            これは間違いなく、国による一人の善良なる市民の殺人でしょうよ。
            そんな風に国や自治体はホントに困ってる人を困ってると認識しないんだけども、ああ、イギリスだなぁって思ったのは、そこらのフツーの若者が、PCを使えなくて難儀してるおっさんダニエルに、ものすごく何気ない様子で手助けしてるとこ。うさんくさい商売を始めた隣人の若者も「困ってたらいつでも言えよな」って、カジュアルにフランクに付き合ってるし。
            そういう関係性は、どの作品でも温かい視線で描くんだよね、ケン・ローチ。



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            | −外国映画 | 19:55 | comments(0) | - | ↑PAGE TOP
            ジャズとシネマとハリウッド
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              ようやく『ラ・ラ・ランド』を観に行くことができました。よかった〜、間に合って。

              何に驚いたかって、この題名。別に意味なんかない、単なる語呂の良さで付けられたのかと思ってたら、ちゃんと辞書に載ってるの!
              la-la land
              1.〈米俗〉〔麻薬や酒に酔ったときに味わう〕陶酔境、恍惚、我を忘れた境地◆La-La Landとも表記される。
              2.〈米俗〉ハリウッド、ロサンゼルス◆ロサンゼルス全体を指すこともあるが、特にハリウッドについて使われる場合が多い。
              そうねー、「ハリウッド」が舞台だからこそ成立する物語っていうか。「いつか夢をつかむ」ことを信じて、そこに生きるジャスピアニストと女優の卵の恋物語…かと思いきや、ちょっぴりビターな、そしてリアルなラストで夢から目が覚める。
              もしもミア(エマ・ストーン)のひとり芝居が大当たりしていたら…
              セバスチャン(ライアン・ゴスリング)がキースの誘いを受けずにいたら…
              クビを言い渡されたセバスチャンがミアの称賛を素直に受け取り、そのまま恋に落ちていたら…
              って時間軸がバックするところで、『スライディング・ドア』を思い出したのはわたしだけ?

              過ぎた時は巻き戻せないし、Ifもない。
              映画の宣伝でも大いに使われた冒頭のシーン↓がフラッシュモブみたいで楽しげなので騙されますが、非常に後味の苦い映画でした。

              でもそれが嫌だっていうんじゃなくて、むしろそのシビアさ、嫌いじゃない。

              ヒロイン、エマ・ストーンは『マジック・イン・ムーンライト』の時も思ったけど、ちょっとレトロなファッションがハマって、超可愛い。ビビッドなドレスもカジュアルな白シャツも本当にステキ。
              わたしは普段からミュージカル映画を好んで観るので、彼女の歌唱が上手いかと言われれば「セリフの延長みたいな歌だし、まぁいいんじゃなのー」と、ちょい厳しめなんですが、そもそもこの映画自体、感情をあらわに歌い切る!というタイプのミュージカルではないしね。感情を伝えてくれさえすればどうでもいい。
              片やライアン・ゴスリングは、わたしにとって全くもってどうでもいい俳優なので(酷)、ピアノ上手ーい!脚長ーい!という感想しかないです(笑)。

              全体的に往年のハリウッドミュージカル映画にオマージュを捧げているような映画なので、ストーリーと関係なく妙に長い尺を取ってダンスシーンがあったり、歌や踊りが台詞の代わりになっているので、若干「長さ」を感じました(2時間8分)。
              耳に残る印象的な音楽が多いので、音響のいい映画館で見るべき映画ではある。そりゃ、アカデミーの「作曲賞」と「主題歌賞」を取るわー。
              だがしかし。ピアノメインのジャジーな音楽やノリのいい踊れる曲に混じって、わたしが個人的に一番ウケたのはこちら↓

              懐かしすぎて涙出るw
              | −外国映画 | 18:45 | comments(0) | - | ↑PAGE TOP
              ヴァンの中の淑女
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                久しぶりに黄金町(=昔の青線地帯)にある「シネマジャック&ベティ」に行って来た(本日はレディスデイ)。
                相変わらず真昼間に歩いてても、一定の緊張感を強いられる界隈だ…。
                目的はこちら↓
                ミス・シェパードをお手本に(原題:“The Lady in the Van ”』


                イギリス映画+非恋愛映画+マギー・スミス主演だぞ!
                わたしが見逃すわけないだろが!(笑)


                そんな映画に限って単館上映なんだもんな〜、ここに行くしかないじゃん?
                皆、おんなじこと考えるじゃん?
                結果、そらもう大賑わいじゃん!
                ジャック&ベティで上映30分前にチケット買って、整理券が53て初めてよ…(ジャック114席がほぼ埋まってるのも初めて)。
                【ボロは着てても心は錦!ポンコツ車のレディがやってくる!】
                ほとんど真実の物語。北ロンドン・カムデンタウン。通りに停まっているオンボロの黄色い車の中で生活しているのは、誇り高きレディ“ミス・シェパード”だ。近所の住人たちは親切にするが、彼女はお礼を言うどころか悪態をつくばかり。ある日、路上駐車をとがめられている姿を見かけ、劇作家ベネットは自分の駐車場に車を入れることを提案・・・それから15年。一時避難のはずが、居座り続け奇妙な共同生活を送っている。彼女の突飛な行動に頭を抱えつつも、いつしかベネットは、なぜかフランス語が堪能で音楽にも造詣が深いミステリアスなミス・シェパードに作家として惹かれていく・・・。
                劇作家アラン・ベネットは、勿論実在の英国の有名な劇作家で、映画『英国万歳!』の脚本家でもあるし、近所にはヴォーン・ウィリアムズの二度目の妻(=アーシュラ・ウッド)も住んでいた。
                …というセレブやインテリ、エリート階級が暮らす家の前に、汚物と悪臭をまき散らすホームレスの棲家であるヴァンが路駐する。
                排除しないどころか、クリスマスのプレゼントやディナーのおすそ分けなんかを細々と気を配る住人たち。これが「優しさ」「親切心」からじゃなくて、「罪悪感」からっていうのがリアルで大変よろしい。
                でもって、そのホームレスは“Thank you”も“Sorry”も一切言わない偏屈ばばあときたもんだ。
                これだけ不愉快な条件がそろってるにもかかわらず、舞台作品から映画になったというのがよく分かるウィットのきいたセリフの応酬、奇人なのに貴人に見えるマギー・スミスの好演、そしてアレックス・ジェニングスの絶妙な受けの芝居のおかげで、愉快なだけどじんわり沁みる愛すべき映画に仕上がってます。
                とにかく、英国らしい要素が詰まってる映画で、英国好きなら観て損はなし!
                地味な映画なのに、しょっちゅう忍び笑いが起こり、今観客全員で楽しんでる!と実感するほど熱量が感じられました。

                主役はミス・シェパードなんだけど、視点は完全にアラン・ベネットというのも面白い。しかも、劇作家アラン・ベネットと、生活者アラン・ベネットが同時に存在し、会話する。
                しかも、ラストには、死んだはずのミス・シェパードが墓地に現れ、結末にケチを付けるというメタ風味あり。
                いろんな見方ができて本当にクォリティが高い映画です。

                ミス・シェパードの人生については、悔やまれることばかりだったり、適切な方法を取ってさえいたらこんな死に方をする人じゃなかったとも思うんだけど、最期まで自由に誇り高く(勝手気ままに)生きることができたという意味では、彼女自身は満足してたのかも。

                近所の住民はたまったもんじゃないけどなー(笑)。
                | −外国映画 | 17:58 | comments(2) | - | ↑PAGE TOP
                NYの魔法使い
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                  Happy New Year!!おめでとう

                  っつっても、年賀状書きも大掃除も年始回りも初詣もやらないわたしにゃ、通常運転の週末ですが何か←正月行事に興味なし
                  あ、でも今日は「映画の日」なんで、隣りの市で映画を観て来ました。
                  ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅

                  略して「ファンタビ」と言うらしいよ。
                  せっかくのバリバリ英国人エディ・レッドメイン(『レミゼ』のマリウス)主役なのに、吹き替えしかなかったのが超残念です。ちなみにエディの吹き替えは『ユーリ!!!onIce』のJ.J.だったわぁ。

                  御存知『ハリポタ』シリーズの番外編、というか前日譚?『ハリポタ』シリーズ続行中の時に、ホグワーツの教科書で『幻の動物とその生息地』っていうのが発売されてたんですが。


                  映画『ファンタビ』の主役ニュートは、その作者。
                  時代的には1920年代、英国の魔法使いニュートがNYにやってくるところから始まります。
                  正直(吹き替えということもあって)、ほとんど期待しないで観に行ったんだけど、想定以上に楽しめました。なんつっても、「ファンタスティック・ビースト」こと魔法動物が実に表情豊かで面白い。見た目が可愛くなくても、仕草や表情が人間臭くていい演技するんだよなぁ(CGだけどさ)。

                  でも一番の収穫は、なんと言ってもエディ・レッドメインの演技です。
                  ニュートの「こいつ、頭が悪いというより、血の巡りが悪いんじゃないか」と思わせるようなとろくさそうなオタク演技と、動物を相手にしたときの生き生きとした解放されたような雰囲気の対比が、クソ長い映画にメリハリをつけてて全く飽きない。さすがオスカー俳優。
                  あと何気に英米の魔法使いの違いとか(非魔法使いのことを英国では「マグル」、アメリカでは「ノーマジ(No Magic)」と言うとか)、お国自慢とか面白かった。出来ればそこら辺、原語で聴きたかったけど。

                  どうせファンタジーなら、クリーデンスを死なせないで、「ノーマジ」コワルスキーさんが念願のベーカリーを開店した時に店員として迎えてほしかったけど、そう簡単に全方位ハッピーエンディングにしない辺りが、J.K.ローリングなのかもしれない。
                  | −外国映画 | 20:16 | comments(0) | - | ↑PAGE TOP
                  マダムとミスター
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                    遠藤淑子のコミックじゃなくってよ。
                    母と二人で観て来ました、『マダム・フローレンス 夢見るふたり』。

                    *旧相鉄ムービルは金曜がレディスデイ

                    若い頃のヒュー様、好きだったわー

                    …という方は、是非観に行きましょうね。

                    年食ったヒュー様、超かっけー!

                    …ってなるから。

                    『モーリス』や『フォー・ウェディング』の美貌で鳴らしていた頃も好きだし、『ブリジット・ジョーンズの日記』や『ラブ・アクチュアリー』での「ロマコメの帝王」っぷりも嫌いじゃないけど、『U.N,C.L.E』にしろこの映画にしろ、最近のヒュー様は若い頃より輝いているというか、居場所を見つけたというか。
                    むしろ、今の方がわたしは好きかもー。
                    この映画では、大富豪の妻を献身的に支え、妻の夢をかなえようと奮闘…しているようで、病弱な妻が休んだ後は当たり前のように愛人の元へ通う夫役なんですが、これを女性がメイン(であろう)観客に不愉快に思わせたり憤らせたりしないで、まぁそれもアリだよね〜と思わせるのは、世界広しと言えどもヒュー様ぐらいだと思うの(笑)。
                    なにしろ、超絶音痴の妻のリサイタルの為に彼がしているのは、客の選別と評論家の買収。何かっちゃ、カネの威力で黙らせる。言ってみれば、実に卑劣なことしかしてないんだけど、それを優雅にさらっとやっちゃうのがヒュー様の魅力。
                    勿論、この映画、主役のマダム・フローレンスを演じたメリル・ストリープの死と隣り合わせにもかかわらず懸命に生きているひたむきさや、生まれながらのお金持ちゆえの無邪気さや愛らしさも観客の胸を打つんですが、ミスター・ベイフィールド役にヒュー・グラントを起用したからこそ成り立った作品だと言えるんじゃないか。
                    彼じゃなかったら、夫にラブラブなメリルの役が光らないし、妻の遺産目的で動いているしょーもないヒモ夫でしかなかったと思うんだわ。

                    映画の予告や、宣伝の時点では、てっきりマダムがカーネギーホールで歌って、(建前上)大成功で映画は終わり、「一か月後に亡くなった」字幕で補記してクレジットかな〜って思ってたんですが、唯一買収に応じなかったNYポストの酷評をマダムが目にするところを入れてたので、そういえばこの映画、英国映画だったわ、と思い出しました。
                    しっかり現実を見せるあたりが、シビアなBBC制作映画ですわね。
                    ちなみに監督は、『クィーン』や『あなたを抱きしめる日まで』といった英国ベテラン名女優主役の映画で有名なスティーヴン・フリアーズ。
                    でも、それを知っても「私が歌ったことは現実として残るのよ」と言うマダムと、「そうだね」ってにっこり微笑むシンクレアの姿に涙腺崩壊。

                    ところで、このマダムが手に取ったNYポスト(1944年10月26日)の一面見出しが“Japan Seapower Broken”(だったかな?)で、気になって調べてみたら「レイテ沖海戦」でコテンパンにやられてた時期でした。
                    そら、湯船一杯にポテトサラダ作っちゃうくらいの富豪がいる国に勝てっこないわー。
                    | −外国映画 | 14:15 | comments(0) | - | ↑PAGE TOP
                    ラングドン教授のフィレンツェ案内
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                      ちょこっとヴェネツィアとトルコも。

                      ダン・ブラウン原作の「ラングドン教授シリーズ」映画第三弾『インフェルノ』を観て来ました。


                      わたしだってたまにはメジャー級の映画も観るんだいっ!

                      あれ?だけど原作の順番て『ロスト・シンボル』の方が先じゃなかったっけ?『インフェルノ』って比較的最近読んだ気がする。
                      …とは言え、細部をいい感じに忘れていたので、シエナがサン・マルコ大聖堂から一人だけ脱出して単独行動し始めるとこなんか、まるで初めて目にするかのようにびっくりしてる自分に笑える。
                      そういえばこの女はこーゆーヤツだったと慌てて思い出しました。ホント、おバカ!
                      制限時間内に解決しなければならないミッションと、二重三重に追われる状況は前二作と同じだけど、ラングドン教授が軽い記憶障害で大事なことを忘れてるってのが今作の特徴。
                      故に、自分を追い詰める複数グループのうち、誰が味方かをラングドン教授と一緒になって、我々も見出そうとするので、とにかく映画の前半は忙しい。
                      そして、事前に原作を読み、(わたしと違って)しっかり覚えていても、映画はきっちり楽しめます。なぜなら、

                      ラストが大幅に原作と違う!

                      若い女と昔なじみの女性のどっちを選ぶかというラングドン教授の恋バナで、オチを変えんでも…(^^ゞ
                      シエナの異常なほどの「早熟な天才性」をラングドン教授が結構スルーしてくれるものだから、それ故に生じた彼女の孤独や悲劇性が薄れて、原作の核心が変わっちゃった気がします。天才は天才に惹かれて、天才同士でしか分かり合えず、厨二病を発症。それ故引き起こされかけたパンデミックなのに。
                      まぁ、映画ならではの「勧善懲悪」を狙ったのかな〜。

                      英国が一部舞台の『ダヴィコー』はともかく、『天使と悪魔』や『インフェルノ』のバチカンやイタリアへはわたしは行ったことがないので、こうして映画化されて実際の街並みや観光名所を実際に観ると、やはり理解度が高まります。
                      ウフィツィ美術館の天井画が壊されちゃったけど、いいんですかね?(もちろん作品世界で、という意味)
                      ラングドン教授の薀蓄と博学ぶりは相変わらずでしたが、トム・ハンクスの老け具合が想像以上にすさまじくて、原作の若々しい永遠のナイスミドルなラングドン教授の面影まるでなし(第一作からして「コレジャナイ感」は否めなかったけど)。
                      三重・四重顎のラングドン教授なんて見たくなかったよー!!
                      | −外国映画 | 11:53 | comments(0) | - | ↑PAGE TOP
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